2026年1月
愛犬が「最近よく寝る」「元気がない」と感じたら、それは年齢のせいではなく「甲状腺機能低下症」が原因かもしれません。
この病気は中高齢の犬に多く、老化と間違われやすいのが特徴ですが、適切に治療すれば以前のような元気を取り戻せることも少なくありません。
気づかずに見過ごしてしまう前に、愛犬からのサインをキャッチすることが大切です。
そこで今回は、犬の甲状腺機能低下症の症状や、診断と「誤診」の注意、治療の流れについて解説します。
犬の甲状腺機能低下症とは、首の付け根にある甲状腺という臓器から分泌されるホルモンが不足することで、体の働きがゆっくり弱っていく病気です。
甲状腺自体が様々な理由(リンパ球性甲状腺炎、特発性萎縮など)で萎縮してしまい、ホルモンを分泌できなくなります。
臨床診断される段階では既に甲状腺は重度に破壊されてしまっているため、原因療法ではなくホルモン補充療法が治療の中心になります。
甲状腺ホルモンは体温、代謝、心臓の働き、皮膚や被毛の健康など、生命維持に欠かせないさまざまな機能を支えています。
このホルモンが不足すると全身の動きが落ちてしまい、日常の行動にも変化が出てきます。
とくに中高齢の犬で起こりやすく「なんだか老けたように見える」という違和感として気づかれることが多いです。
よく知られている症状は「元気がない」「動きがゆっくりになる」などですが、ほかにも初期の段階から体はいろいろなサインを出しています。
甲状腺ホルモンが不足すると、皮膚の下にゼリー状の物質が溜まって水分を引き寄せ、顔まわりがむくむ状態(粘液水腫)が起こります。
まぶたや頬、口唇がふくらんで表情が動かしにくくなるため、犬がどこか悲しげな顔つきに見えるようになるのです。脱毛は必発では無いですが、皮膚の代謝障害のため、脂漏、フケ、各種の二次感染もみられ、慢性皮膚病から甲状腺機能低下症を疑うこともあります。
毎日お世話をしている飼い主様が感じる「何か変だ」という違和感は、病気のサインを的確に捉えていることが多くあります。
異変を感じたら遠慮なく動物病院までご相談いただくと安心につながります。
ただし、元気のなさや体重の変化は、他の病気でも見られます。
誤診がされやすい病気のため、症状だけで判断せず、複数の検査を慎重に組み合わせて診断します。
「甲状腺機能低下症」は長期のホルモン剤投与の治療が必要となります。
もしも誤診だった場合、本当は必要ない薬を一生飲み続けることになり、愛犬の体に負担をかけてしまいます。
ここで知っておいていただきたいのが「ユーサイロイドシック症候群(Euthyroid Sick Syndrome:ESS)」と呼ばれる状態です。
難しく聞こえますが、簡単に言えば「見せかけの甲状腺ホルモン低下」です。
たとえば、以下のような場合、甲状腺自体は正常でも血液検査で甲状腺ホルモンの数値が低く出ることがあります。
ESSの場合、体調や環境が改善すればホルモン値が元に戻るケースも多いため、見極めがとても大切です。
そのため、当院では一時的な数値だけで即座に「甲状腺機能低下症」と決めつけることはいたしません。誤診を防ぐためにも、丁寧な問診と複数の検査を組み合わせ、慎重に判断を行います。
では、具体的にどのような手順で診断を進めるのか、詳しく解説します。
診断までの流れをフローチャートと共に確認していきましょう。
「最近元気がない」「異様に寒がる」といった飼い主様の気づきがスタートです。
かかりつけの病院であれば、過去の体重や元気な頃の様子と比較ができるため、小さな「いつもとの違い」にも気づきやすくなり安心です。
元気消失、皮膚症状、神経症状、低体温(寒さに弱い)、徐脈、肥満、便秘、未避妊メスの無発情等の臨床症状の確認をします。
他の病気や薬の影響で数値が下がっている可能性(ESS)がないか、慎重に確認します。
普段の生活、現在治療中の病気、飲んでいるお薬などを細かく伺い、甲状腺以外の原因をひとつずつ打ち消していく「除外」という作業を行います。
全身の状態を見る「一般血液検査」にくわえ、甲状腺ホルモン(T4、fT4)と、脳からの指令ホルモン(TSH)を測定します。
健康診断で偶然に軽度の貧血や、中性脂肪・コレステロール値の異常高値などが見つかり、そこから甲状腺の検査に追加で進むケースも少なくありません。
必要に応じて、甲状腺の形を見る超音波検査(エコー検査)などを行うこともあります。
検査の数値だけで判断せず、すべての情報を照らし合わせて総合的に判断します。
数値のブレや、体調による一時的な変動ではないと確信が得られて初めて「甲状腺機能低下症」と診断し、治療計画へと進みます。
またESSの存在(併発疾患や近い過去の投薬)によって診断が不確実になることも少なくありません。
その場合は試験的治療を行うこともやむを得ず、期間を限定して治療反応を確認し、診断にフィードバックしていきます。
慎重な検査の結果、治療が必要と判断された場合、基本となるのは足りないホルモンを薬で補う治療です。 壊れてしまった甲状腺の機能自体を元に戻すことは難しいため、飲み薬(甲状腺ホルモン剤「チラーヂン」など)で外からホルモンを補充し続けます。
お薬が体に合えば、早ければ数週間で表情が明るくなり、散歩でもよく歩くようになるなど、劇的な改善が見込めます。毛並みも数ヶ月かけてきれいに生え替わっていきます。
ホルモンが補充されてから各箇所が回復に向かうため、活動性低下や高脂血症などは投薬開始から1~2週間のうちに改善傾向が見られることが多くあります。一方で皮膚症状・神経症状などの改善には数週間~数ヶ月必要とする可能性があります。
このお薬による治療は「治して終わり」のものではなく、不足しているホルモンを補い続けながら体のバランスを保っていく“長期的に付き合っていくもの”である点は知っておいていただきたいポイントです。
甲状腺機能低下症の治療は薬の量の調整が非常に重要です。
量が多すぎると心臓に負担がかかり、量が少なすぎると 症状が改善せず、代謝が落ちたままになります。
犬の体調や体重の変化によって、必要な薬の量は変わります。
「最近調子が良さそうだから」といって検査を先延ばしにせず、獣医師の指示通りに定期的な血液検査を受けていただくことが、安全に長生きするための鍵となります。
定期的な健康診断は、甲状腺だけでなく他の臓器の状態もまとめてチェックできる大切な機会です。 シニア期に限らず、ぜひ若い頃から習慣にしてあげてください。
甲状腺機能低下症は、適切な診断のもとで治療を行えば、これまで通りの元気な生活を取り戻せる病気です。
「最近よく寝る」「太った」といった日々の変化は「高齢だから」ではなく、愛犬からの小さなSOSサインかもしれません。
ただ、この病気は数値の判断が難しく、本当は他の原因があるのにも関わらず、誤って「甲状腺機能低下症」と診断されてしまうケースも少なからずあります。
そのため当院では、数値だけや症状だけで判断するような診断はせず、一頭一頭に丁寧に向き合います。病気と上手に付き合いながら穏やかな日々を取り戻せるようサポートいたしますので、少しでも気になることがあればぜひ一度ご相談にいらしてください。
神奈川県相模原市を中心に大切なご家族の診療を行う
かやま動物病院